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月下牛洗之図 松村景文筆 その3

琳派、円山派、四条派といった京都画壇の底流を成すものを語るうえで松村景文は外せない画家のひとりと言えます。

松村景文は弟子が窮乏により、贋作を製作することを黙認し、印章まで与えた記録があります。それゆえ亡くなった後も贋作が絶えなかったようです。高弟の前川文嶺も墓参りに際して、贋作を製作していたことを謝罪した記録が残っています。それゆえ弟子達が師の贋作を互いに作らないことを確認し合った誓約書が残されることになったのでしょう。

市場には弟子によるとは思えない稚拙な贋作まで数多く存在していますが、出来のいい作品は一応は真作として認められているようです。ただ、価値としてはあまり高額にならないのは止む得ません。

貧乏に喘ぐ弟子への思いやりからの黙認・・、賛否両論があり、基本的には許されないことでしょうが、なにやらそんな画家がいてもよいではないかと思うことがあります。


月下牛洗之図 松村景文筆
絹本水墨軸装 軸先骨 合箱入 
全体サイズ:横520*縦1840 画サイズ:横360*縦1010

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松村景文は日本画の一派「四条派」の祖である松村呉春と兄弟にして弟子といえます。早くから呉春について学んでいます。呉春(松村呉春は歳の離れた異母兄弟です)の画風を受けつぎながらそれを一層洗練させ、デッサン力をしっかりと堅持しつつ、筆致は軽く、余白を増やし、柔和で淡白な作風が特徴とします。

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より装飾的、耽美的になった景文の作品は、大衆層に床うつりが良い無難な掛物として非常な人気を得ることになりました。

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ただ景文の死後あまりに多くの贋作が世に出回ったため、これを憂いた有力な門人たちが互いに師の偽筆を作らないことを確認し合った誓約書が残されている程です。

また、呉春が日本的山水画に長じたのに対して、景文は日本的花鳥画の写生を得意にし、同門の岡本豊彦と対比されて「花鳥は景文、山水は豊彦」と呼ばれるようにまでなりました。

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四条派が日本画壇の中で大きな位置を占めるようになったのも、同門の岡本豊彦とともに景文の力が大きかったと思われ、四条派は呉春を経て景文によって様式が確立したといわれています。

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反面、大画面は不向きな絵師で、景文は呉春の一部分しか受け継ぐことが出来なかったとも評されています。

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天保14年4月26日(1845年5月25日)に歿し、京都北山金福寺に呉春のそばに葬られています。

松村景文は他にもいくつか本ブログに投稿されています。

宝巳之図 松村景文筆
絹本金泥淡彩絹装軸二重箱 
画サイズ:横292*縦242

本作品は月の下のおぼろげなる景色を滲んだ墨であらわし、「デッサン力をしっかりと堅持しつつ、筆致は軽く、余白を増やし、柔和で淡白な作風が特徴とします。」という評、そのものですね。


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