どこかの党首が退任されるとか、本ブログでも民主党政権時の仕切り役の時に「人に恨みを買うやり方はいつかは自分に帰ってくる。」と記述しましたが、思いのほか早くつけが回ってきたようです。またおのれの才覚に自覚の無い与党の大臣も辞任したようですが、現在の都知事も同じ道を歩むように思われます。
いずれにしろ人に恨みを買う手法はいずれ自分に帰ってくるものです。最近とくに目に付くものづくりの現場での下請けいじめもまたいずれおのれにかえっていきます。
近所の子供が使っていた自転車を息子が借りていましたが、借りていた先方の弟(お兄さんの自転車を息子が借りていた)が大きくなってきたようなので、そろそろ使うだろうから返却しなくてはいけないということで、息子の自転車を義母が買ってくれました![]()
自転車を買いに行くと「パパと同じのがいい!」と言い出して、鍵まで小生の同じようなものを探して買ってもらい、自慢そうにパパさんに説明してくれました。
「パパのよりいいでしょう!」だと・・、負けず嫌いは遺伝かな?
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こちらが参るのは、炎天下でいつまでも自転車の練習につき合わされること
ともかく子供はタフで、好奇心旺盛で。自分の好きなことに夢中ですが、これは実に羨ましい![]()
さて小生の蒐集の主流ではない木彫が意外に多くなってきました。叔父の所有していた高村光雲の下記の作品が小生の蒐集意欲を刺激しているのでしょう。
観音像 高村光雲刀
木彫共箱
高さ320*幅62*奥行き60*台150(六角)
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一時小生がこの作品を預かっていましたが、上記の作品は叔父が亡くなった後に手放されています。なんとも惜しいことを・・・。現在も小生の探しもののひとつ・・・。
そのような作品が欲しいと捜しているうちに下記の作品を蒐集してしまいました。
聖観音 平櫛田中作
共箱
高さ327*幅113*奥行115
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これらの作品はすでに本ブログで紹介しています。祖父もまた仏像が好きだったようで、男の隠れ家にも一体、また見事な不動明王の仏像が祖父の所蔵でありました。
楠木彫聖観音菩薩尊像 市川鉄琅作
楠木 金彩色 共箱
幅136*高さ315
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これらの蒐集の過程で「加納鉄哉」を知り、そして本日紹介する作品の作者である「市川鉄琅」を知ることとなりました。
木彫極彩色 狂言福ノ神 市川鉄琅作
極彩色 共箱
幅148*奥行き132*高さ220
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下記の写真は実際の狂言からの写真です。
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狂言の演目である「福の神」についての説明は下記のとおりです。
*******************************
福の神(ふくのかみ):狂言の演目のひとつ。派手な衣装に身を纏った福の神のその出で立ちと世俗的、庶民的な性格とのギャップを楽しむ祝言。
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大晦日の夜、毎年神社で豆まきをして年を越すのを恒例としていた二人の男が福の神を祀るために神社へ参詣した。参拝を済ませて「鬼は外、福は内」と豆を持って囃し立てると、大きな笑い声をあげて福の神が現れる。
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福の神は自分から名乗ると「毎年参拝に来るお前達を金持ちにしてやろう。だから酒をくれ」と二人に酒(みき)を催促し要求する。男たちが福の神へ酒を奉げると、酒奉行である松の尾の大明神に神酒を捧げてから旨そうに自分も飲みながら、福の神は歌いはじめる。
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そして豊かになるには元手がいると2人に話します。
2人が、元手がないからここに来たと反論すると、福の神は「元手とは金銀や米などではなく、心持ちのことだ」とさとします。金持ちになる秘訣として「早起きをし、他人に優しくし、客を拒まず、夫婦仲良くすることだ。それとわたしのような福の神に美味しい神酒をたくさん捧げれば楽しくなること間違いない。」と言って、謡い舞い、朗らかに笑って帰っていきます。
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このような彩色された作品を補修してくれるところがあるようです。
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博多人形などもそうですが、修理を依頼する方がいるということは新たな高価な作品を入手する方よりきっと古いものを大切にしている方も多いのということでしょう。
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このような木彫の作品には基本的に共箱が不可欠のようです。
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小生にはあまり馴染みのない木彫作品ですが、少しずつ観る眼を養っていきたいと思っています。
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いつかは最初のような作品を蒐集したいと思っています。
本作品の修理の見積を依頼していたところ、10万円・・、思ったより高いものです。さて、どうするのか考えどころ・・・。
なにごとでも大切なのは「心のあり方」です。いいものは「心のあり方」の正しい、王道を歩む人に集まります。仕事も然り、安全も然り、現在はこのことが忘れられ、コスト優先、書類優先され、がんじがらめになっています。
さて、我が神々にもお神酒を捧げなくては・・・。神仏を敬わぬものには人を敬うことはできないそうです。
いずれにしろ人に恨みを買う手法はいずれ自分に帰ってくるものです。最近とくに目に付くものづくりの現場での下請けいじめもまたいずれおのれにかえっていきます。
近所の子供が使っていた自転車を息子が借りていましたが、借りていた先方の弟(お兄さんの自転車を息子が借りていた)が大きくなってきたようなので、そろそろ使うだろうから返却しなくてはいけないということで、息子の自転車を義母が買ってくれました

自転車を買いに行くと「パパと同じのがいい!」と言い出して、鍵まで小生の同じようなものを探して買ってもらい、自慢そうにパパさんに説明してくれました。
「パパのよりいいでしょう!」だと・・、負けず嫌いは遺伝かな?

こちらが参るのは、炎天下でいつまでも自転車の練習につき合わされること

ともかく子供はタフで、好奇心旺盛で。自分の好きなことに夢中ですが、これは実に羨ましい

さて小生の蒐集の主流ではない木彫が意外に多くなってきました。叔父の所有していた高村光雲の下記の作品が小生の蒐集意欲を刺激しているのでしょう。
観音像 高村光雲刀
木彫共箱
高さ320*幅62*奥行き60*台150(六角)

一時小生がこの作品を預かっていましたが、上記の作品は叔父が亡くなった後に手放されています。なんとも惜しいことを・・・。現在も小生の探しもののひとつ・・・。
そのような作品が欲しいと捜しているうちに下記の作品を蒐集してしまいました。
聖観音 平櫛田中作
共箱
高さ327*幅113*奥行115

これらの作品はすでに本ブログで紹介しています。祖父もまた仏像が好きだったようで、男の隠れ家にも一体、また見事な不動明王の仏像が祖父の所蔵でありました。
楠木彫聖観音菩薩尊像 市川鉄琅作
楠木 金彩色 共箱
幅136*高さ315

これらの蒐集の過程で「加納鉄哉」を知り、そして本日紹介する作品の作者である「市川鉄琅」を知ることとなりました。
木彫極彩色 狂言福ノ神 市川鉄琅作
極彩色 共箱
幅148*奥行き132*高さ220

下記の写真は実際の狂言からの写真です。

狂言の演目である「福の神」についての説明は下記のとおりです。
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福の神(ふくのかみ):狂言の演目のひとつ。派手な衣装に身を纏った福の神のその出で立ちと世俗的、庶民的な性格とのギャップを楽しむ祝言。

大晦日の夜、毎年神社で豆まきをして年を越すのを恒例としていた二人の男が福の神を祀るために神社へ参詣した。参拝を済ませて「鬼は外、福は内」と豆を持って囃し立てると、大きな笑い声をあげて福の神が現れる。

福の神は自分から名乗ると「毎年参拝に来るお前達を金持ちにしてやろう。だから酒をくれ」と二人に酒(みき)を催促し要求する。男たちが福の神へ酒を奉げると、酒奉行である松の尾の大明神に神酒を捧げてから旨そうに自分も飲みながら、福の神は歌いはじめる。

そして豊かになるには元手がいると2人に話します。
2人が、元手がないからここに来たと反論すると、福の神は「元手とは金銀や米などではなく、心持ちのことだ」とさとします。金持ちになる秘訣として「早起きをし、他人に優しくし、客を拒まず、夫婦仲良くすることだ。それとわたしのような福の神に美味しい神酒をたくさん捧げれば楽しくなること間違いない。」と言って、謡い舞い、朗らかに笑って帰っていきます。

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このような彩色された作品を補修してくれるところがあるようです。

博多人形などもそうですが、修理を依頼する方がいるということは新たな高価な作品を入手する方よりきっと古いものを大切にしている方も多いのということでしょう。

このような木彫の作品には基本的に共箱が不可欠のようです。


小生にはあまり馴染みのない木彫作品ですが、少しずつ観る眼を養っていきたいと思っています。


いつかは最初のような作品を蒐集したいと思っています。
本作品の修理の見積を依頼していたところ、10万円・・、思ったより高いものです。さて、どうするのか考えどころ・・・。
なにごとでも大切なのは「心のあり方」です。いいものは「心のあり方」の正しい、王道を歩む人に集まります。仕事も然り、安全も然り、現在はこのことが忘れられ、コスト優先、書類優先され、がんじがらめになっています。
さて、我が神々にもお神酒を捧げなくては・・・。神仏を敬わぬものには人を敬うことはできないそうです。