郷里出身の画家の寺崎廣業の作品は贋作が多く、要注意の画家の一人であるということは再三、本ブログで述べてきましたが、贋作の多い理由を当方の経験から推察すると下記のことだと思います。
1.生前は横山大観、竹内栖鳳と並ぶ人気画家であったこと。当然高値で売買されていた画家の筆頭の一人であったと思われます。
2.多作であり、依頼されたなら気軽に作品を描いていたこと。横山大観は描いた作品はすべて記録していたので、記録に無い作品は現在でも所定の鑑定ではほぼ真作とは認めていないの比して、寺崎廣業の所定の鑑定というものが現在でも存在していない。(秋田美術倶楽部が現在は鑑定しているようですが・・・。)
3.生活が派手であり、周囲の画家からは反発あったろうと推察され、「その程度の絵なら俺でも描ける。」という不遇の画家が多々いたと思われます。とくに秋田などの地元に贋作が多いらしい。これは平福父子も同じ傾向です。
4.天才的な個性の画家ではなく、画風も個性に乏しい。努力の画家であり、その点では真似しやすい。
本日は寺崎廣業の作品分類でも初期の頃から描いていた美人画の作品についての「贋作考」です。現在手元にある寺崎廣業の作品を整理中であり、数点際どい贋作が紛れ込んでいるようでますますの淘汰が必要なようです。
寺崎廣業の「美人画」は人気が高く、寺崎廣業の画題の中では一番難しい画題のようです。
(柳下)唐美人 寺崎廣業筆 その51
絹本水着色軸装 軸先骨 共箱
全体サイズ:縦2150*横670 画サイズ:縦1400*横520
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寺崎廣業の美人画はまだ絵の腕前が発展途上であった明治の中頃から、挿絵を中心に人気を博して数多く描いています。その当時は版画などにも多くの美人画を遺しています。この当時の美人画は「風俗美人画」と称せられるものでした。
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その後、「秋苑」、「月光燈影」などの名品を描き、後に美人画として名を上げた鏑木清方も、「美人画に品格を与え芸術の域に高めたのは寺崎廣業の功績が大きい。」と述べています。
腕前が発展途上であり、画風も変わるし、落款。印章も変遷しており、体系的に整理しないと解りにくいものです。
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作品に押印されている朱文白丸印「廣業」の印章は美人画の作品では、明治33年作の「美人(芸妓)」(富岡永洗との双幅)にも押印さています。本作品はその印影と近似しいてますが、微妙な点で一致していません。ただし他の作品のものにあり、年代によって2種類の可能性もあります。
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この明治33年作の「美人(芸妓)」を描いた当時はまだ「二本廣業」という落款の書体の頃の作品です。本作品のような落款の字体になるのは、大正になってからです。箱書の落款も同様の頃の所定です。
本作品を描いたとしたら、明治40年代から大正初期の作ということになります。
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有り得ないことではありません。ここから先の考察は小生の推察の域を越えた判断となります。この頃に描いた唐美人の作品は「夜聴歌者」の屏風に描かれたものがありますが、このような力作ばかりと比較するは早計となりかねません。多くの作品を参考としていく必要があります。ここが難しいところです。
贋作を真作と判断するのは趣味のレベルでは大きな間違いではなく、よくある罪の無い思い込みですむことなのですが、決してしてはいけないのは、真作を贋作と決め付けることです。判断は慎重に行なう必要があります。
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さて、他の所蔵作品と比較してみると面白いことが解ってきます。三本廣業の落款の時代にも「美人(芸妓)」に押印されている印章は使われており、その作品の箱書を当作品の箱書と比較してみると下記のようになります。
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また、寺崎廣業の美人画の顔の表現は、それまでの胡粉のべた塗りに臙脂の隅をとる方法から、胡粉と黄土を混ぜてその上澄みをつかい、さらに胡粉を重ねる方法で柔らかい自然な肌の色を再現しているという特徴があります。
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美人画という分野は常に難しく、決して踏み込んではいけない領域かもしれません。ただし地元出身の画家ということで、寺崎廣業の美人画の作品はより深く再考の必要がありそうです。
同時期に描かれたと思われる作品を比較してみました。本来ならもっと多くの作品を慎重に比較して見るべきなのでしょうが、週末や子供の寝静まった後では時間が充分でなく、現時点ではなんとも中途半端な状態のままでの考察となっています。
とりあえず下記の作品との比較です。
梅月想思図 寺崎廣業筆
水墨着色絹本軸装 軸先象牙 二重箱共箱
全体サイズ:横558*縦2030 画サイズ:横420*縦1210
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両作品の箱書きです。
互いに同じ印章を用いていますが、かたや作品の印章が箱に、かたや箱の印章が作品に押印されていることになります。
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このようなことはありえることではありますが、どうも印影がはっきりしません。
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互いに贋作か、真作か? ふむ美女と関わると碌なことにならないというのは古今東西、昔からの真理のようです。
郷里の画家ゆえ寺崎廣業を蒐集の対象としていますが。寺崎廣業の作品蒐集で避けては通れないのが美人画の作品のようです。
参考作品 下記は晩年作。
氏素性の明確な状態の良い寺崎廣業の美人画は意外に評価が高いので、なかなか入手が難しいようです。
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氏素性の定まらぬ当方の作品ハ、時間ができたらもっとじっくりというのが、現在の正直なところの判断です。
当方の作品では、釧雲泉、寺崎廣業の美人画は時間とかけて、展示室にすべて並べて、納得のいく判断が必要な時期のようです。
1.生前は横山大観、竹内栖鳳と並ぶ人気画家であったこと。当然高値で売買されていた画家の筆頭の一人であったと思われます。
2.多作であり、依頼されたなら気軽に作品を描いていたこと。横山大観は描いた作品はすべて記録していたので、記録に無い作品は現在でも所定の鑑定ではほぼ真作とは認めていないの比して、寺崎廣業の所定の鑑定というものが現在でも存在していない。(秋田美術倶楽部が現在は鑑定しているようですが・・・。)
3.生活が派手であり、周囲の画家からは反発あったろうと推察され、「その程度の絵なら俺でも描ける。」という不遇の画家が多々いたと思われます。とくに秋田などの地元に贋作が多いらしい。これは平福父子も同じ傾向です。
4.天才的な個性の画家ではなく、画風も個性に乏しい。努力の画家であり、その点では真似しやすい。
本日は寺崎廣業の作品分類でも初期の頃から描いていた美人画の作品についての「贋作考」です。現在手元にある寺崎廣業の作品を整理中であり、数点際どい贋作が紛れ込んでいるようでますますの淘汰が必要なようです。
寺崎廣業の「美人画」は人気が高く、寺崎廣業の画題の中では一番難しい画題のようです。
(柳下)唐美人 寺崎廣業筆 その51
絹本水着色軸装 軸先骨 共箱
全体サイズ:縦2150*横670 画サイズ:縦1400*横520

寺崎廣業の美人画はまだ絵の腕前が発展途上であった明治の中頃から、挿絵を中心に人気を博して数多く描いています。その当時は版画などにも多くの美人画を遺しています。この当時の美人画は「風俗美人画」と称せられるものでした。

その後、「秋苑」、「月光燈影」などの名品を描き、後に美人画として名を上げた鏑木清方も、「美人画に品格を与え芸術の域に高めたのは寺崎廣業の功績が大きい。」と述べています。
腕前が発展途上であり、画風も変わるし、落款。印章も変遷しており、体系的に整理しないと解りにくいものです。

作品に押印されている朱文白丸印「廣業」の印章は美人画の作品では、明治33年作の「美人(芸妓)」(富岡永洗との双幅)にも押印さています。本作品はその印影と近似しいてますが、微妙な点で一致していません。ただし他の作品のものにあり、年代によって2種類の可能性もあります。

この明治33年作の「美人(芸妓)」を描いた当時はまだ「二本廣業」という落款の書体の頃の作品です。本作品のような落款の字体になるのは、大正になってからです。箱書の落款も同様の頃の所定です。
本作品を描いたとしたら、明治40年代から大正初期の作ということになります。



有り得ないことではありません。ここから先の考察は小生の推察の域を越えた判断となります。この頃に描いた唐美人の作品は「夜聴歌者」の屏風に描かれたものがありますが、このような力作ばかりと比較するは早計となりかねません。多くの作品を参考としていく必要があります。ここが難しいところです。
贋作を真作と判断するのは趣味のレベルでは大きな間違いではなく、よくある罪の無い思い込みですむことなのですが、決してしてはいけないのは、真作を贋作と決め付けることです。判断は慎重に行なう必要があります。

さて、他の所蔵作品と比較してみると面白いことが解ってきます。三本廣業の落款の時代にも「美人(芸妓)」に押印されている印章は使われており、その作品の箱書を当作品の箱書と比較してみると下記のようになります。

また、寺崎廣業の美人画の顔の表現は、それまでの胡粉のべた塗りに臙脂の隅をとる方法から、胡粉と黄土を混ぜてその上澄みをつかい、さらに胡粉を重ねる方法で柔らかい自然な肌の色を再現しているという特徴があります。

美人画という分野は常に難しく、決して踏み込んではいけない領域かもしれません。ただし地元出身の画家ということで、寺崎廣業の美人画の作品はより深く再考の必要がありそうです。
同時期に描かれたと思われる作品を比較してみました。本来ならもっと多くの作品を慎重に比較して見るべきなのでしょうが、週末や子供の寝静まった後では時間が充分でなく、現時点ではなんとも中途半端な状態のままでの考察となっています。
とりあえず下記の作品との比較です。
梅月想思図 寺崎廣業筆
水墨着色絹本軸装 軸先象牙 二重箱共箱
全体サイズ:横558*縦2030 画サイズ:横420*縦1210




両作品の箱書きです。

互いに同じ印章を用いていますが、かたや作品の印章が箱に、かたや箱の印章が作品に押印されていることになります。

このようなことはありえることではありますが、どうも印影がはっきりしません。




互いに贋作か、真作か? ふむ美女と関わると碌なことにならないというのは古今東西、昔からの真理のようです。
郷里の画家ゆえ寺崎廣業を蒐集の対象としていますが。寺崎廣業の作品蒐集で避けては通れないのが美人画の作品のようです。
参考作品 下記は晩年作。

氏素性の明確な状態の良い寺崎廣業の美人画は意外に評価が高いので、なかなか入手が難しいようです。

氏素性の定まらぬ当方の作品ハ、時間ができたらもっとじっくりというのが、現在の正直なところの判断です。
当方の作品では、釧雲泉、寺崎廣業の美人画は時間とかけて、展示室にすべて並べて、納得のいく判断が必要な時期のようです。