昨日に投稿をしていないのは、北陸方面に出張に出かけたり、また息子が熱を出したりで慌てて夜遅くの原稿の取り纏めをしたせいで、予約投稿の設定を一日間違えていたようです。![]()
さて先週末には暖かい陽気となり、そろそろクマガイソウが咲くと思い観察していたら、土曜日にはまず一輪咲き、その後は続々と咲き始めました。
![]()
週末には各々、洗濯したり、布団を干したり、雑草を抜いたり、木の剪定したり、畑を耕したり、犬の体を洗ったり、各々の仕事をしていた手を休め、縁側で一服することにしました。
![]()
小生は息子とクマガイソウの観察・・、息子は「パパ、こっちも咲いたよ!」と嬉しそう。二群のクマガイソウがあり、立ち木が枯れてしまったので、クマガイソウは日陰に自生するので、人工的に日陰を作っておいたほうももうすぐ咲きそうです。
![]()
庭の隅には石楠花が咲いています。
![]()
椿も彩りを添えています。
![]()
ミツマタツツジも咲いています。
![]()
牡丹はピンク色のボタンから咲き始めました。
![]()
ヒメリンゴもまた・・。木の片側だけ咲かなくなったのが気がかりです。
![]()
貝母は意外に長く花をつけてくれています。
![]()
本日は寝室から眺める月が最近きれいなので、月の下にある葡萄を描いた天龍道人の作品の紹介です。天龍道人の作品は当方の蒐集対象の画家ですが、なかなか最近見かけなくなりました。
(月下)葡萄図-20 天龍道人筆 その32
紙本水墨軸装 軸先木製 合箱
全体サイズ:縦2015*横597 画サイズ:縦1341*横508
![]()
葡萄の画家と言われた天龍道人の作品です。
![]()
「天龍道人筆」とあり、印章には「天龍道人」と「萬座鎮東□庫之□□」の白文朱方印が押印されています。この累印は他の所蔵作品である「葡萄図-14 天龍道人筆 その25」と「葡萄図-16(三幅対) 天龍道人筆 その27」と同一印章です。
![]()
80歳前後の作と推察され、月を描いた葡萄図は非常に珍しいと思います。
![]()
天龍道人の作品については、先週届いた加島美術のカタログには一作品掲載されていましたが、葡萄を描いた作品ではありませんでした。
![]()
なおこの累印は2種類存在する可能性があり、「葡萄図-15(双幅) 天龍道人筆 その26」とは別印と思われます。天龍道人の作品にも贋作と思われるものが存在するでしょうからこの件はさらに検証する必要がありますが、おそらく今回の作品は82歳頃で、印章の違う作品は88歳という違いによるものかと推察されます。
![]()
本紙にはかなりの痛みがありますでの、再表具したようです。
![]()
幕末の作品ですが、それほど当時は著名ではなかった画家ですので、粗末に扱われていたのでしょう。
![]()
墨の滲み、勢いは鑑賞に値する作品です。「道人の名を不朽にしたのは、勤王の志ではなく葡萄(ぶどう)と鷹の絵事による。特に葡萄は絶品で、肉筆の大作も多く伝世する。画業にいそしむのは50歳を過ぎてから。道人は10代で郷里を離れ、二度と戻ることはなかった。時代や理由を思えば、帰郷は許されることではなかったのだろう。今やその名を知る人は地元でも少ない。」という評価が頷けます。
![]()
根津美術館でも展覧会が催されたことのある天龍道人、今一度再評価されるべき画家の一人には相違ありません。

さて先週末には暖かい陽気となり、そろそろクマガイソウが咲くと思い観察していたら、土曜日にはまず一輪咲き、その後は続々と咲き始めました。

週末には各々、洗濯したり、布団を干したり、雑草を抜いたり、木の剪定したり、畑を耕したり、犬の体を洗ったり、各々の仕事をしていた手を休め、縁側で一服することにしました。

小生は息子とクマガイソウの観察・・、息子は「パパ、こっちも咲いたよ!」と嬉しそう。二群のクマガイソウがあり、立ち木が枯れてしまったので、クマガイソウは日陰に自生するので、人工的に日陰を作っておいたほうももうすぐ咲きそうです。

庭の隅には石楠花が咲いています。

椿も彩りを添えています。

ミツマタツツジも咲いています。

牡丹はピンク色のボタンから咲き始めました。

ヒメリンゴもまた・・。木の片側だけ咲かなくなったのが気がかりです。

貝母は意外に長く花をつけてくれています。

本日は寝室から眺める月が最近きれいなので、月の下にある葡萄を描いた天龍道人の作品の紹介です。天龍道人の作品は当方の蒐集対象の画家ですが、なかなか最近見かけなくなりました。
(月下)葡萄図-20 天龍道人筆 その32
紙本水墨軸装 軸先木製 合箱
全体サイズ:縦2015*横597 画サイズ:縦1341*横508

葡萄の画家と言われた天龍道人の作品です。

「天龍道人筆」とあり、印章には「天龍道人」と「萬座鎮東□庫之□□」の白文朱方印が押印されています。この累印は他の所蔵作品である「葡萄図-14 天龍道人筆 その25」と「葡萄図-16(三幅対) 天龍道人筆 その27」と同一印章です。


80歳前後の作と推察され、月を描いた葡萄図は非常に珍しいと思います。

天龍道人の作品については、先週届いた加島美術のカタログには一作品掲載されていましたが、葡萄を描いた作品ではありませんでした。

なおこの累印は2種類存在する可能性があり、「葡萄図-15(双幅) 天龍道人筆 その26」とは別印と思われます。天龍道人の作品にも贋作と思われるものが存在するでしょうからこの件はさらに検証する必要がありますが、おそらく今回の作品は82歳頃で、印章の違う作品は88歳という違いによるものかと推察されます。

本紙にはかなりの痛みがありますでの、再表具したようです。

幕末の作品ですが、それほど当時は著名ではなかった画家ですので、粗末に扱われていたのでしょう。

墨の滲み、勢いは鑑賞に値する作品です。「道人の名を不朽にしたのは、勤王の志ではなく葡萄(ぶどう)と鷹の絵事による。特に葡萄は絶品で、肉筆の大作も多く伝世する。画業にいそしむのは50歳を過ぎてから。道人は10代で郷里を離れ、二度と戻ることはなかった。時代や理由を思えば、帰郷は許されることではなかったのだろう。今やその名を知る人は地元でも少ない。」という評価が頷けます。

根津美術館でも展覧会が催されたことのある天龍道人、今一度再評価されるべき画家の一人には相違ありません。