最近の1階の展示スペースです。数点の浜田庄司や金城次郎の民藝陶芸家の大きめの花入を置いています。
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その脇に本日紹介する作品を掛けています。
掛け軸を床に掛ける時や外す時に油断すると、掛け軸を落とすことがあります。その場合掛け軸に折れ皺が入ることがあります。これは表具をやり直さないと直らないものとなりますので、掛け軸を掛ける時や外す時には細心の注意が必要です。
本日は掛け軸を落とした際に折れ皺が入った作品かと思われる作品です。このような折れのある掛け軸は意外に多いようです。
湖上行島 児玉希望筆 その7
絹本着色軸装 軸先鹿骨 共箱
全体サイズ:縦1650*横510 画サイズ:縦910*横410
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当方の所蔵作品である「富士」と同一印章であり、落款も同じ字体であることから初期の作品と推察されます。
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共箱もしっかりしています。
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児玉希望は当初、実業家を目指していましたが祖父の死を機に画家になることを決意し、日本画家川合玉堂の門を叩いています。そのわずか3年後帝展に初入選し新進気鋭の画家として注目を浴びました。
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30歳のとき「盛秋」で帝展で特選を受賞し、池の群青と紅葉した樹木の色彩の見事な対比は、大和絵の研究をするうちに自ずと身に着けたもので気品あふれる傑作と絶賛されました。本作品はこの頃の作と推察されます。
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児玉希望:明治31年生まれ、昭和46年没。享年74歳。広島県に生まれる。名は省三、川合玉堂の高弟。師の筆法を継ぎ、山水、花鳥画をよくし、覇気に満ちた性格と共に、「残月」、「盛秋」、「枯野」、「暮春」等の大作を出し、近代的な色彩感覚を風景花鳥画に注いだ。南画院同人、日展評議員、芸術院会員を務めた。
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しかし児玉希望は色彩の効果にのみに頼ることを恐れ、南画を学びさらには花鳥画、歴史画、人物画などありとあらゆる画題に挑戦しました。
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さまざまな試行錯誤を経て最後にたどり着いたのが水墨画でした。
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下記の作品の「枯野」は北宗画の細密さとヨーロッパ絵画の写実が融合した戦前の代表作で眼光鋭い狐の姿に並々ならぬ技量が見てとれます。
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「水墨画だけは素人には絶対に描けるものではない 若し描いたとしてもそれは墨で描いた絵に止まり古来の水墨画とは自ら別のものである」希望はこう語っています。
1957年、59歳で渡欧し1年間滞在し、西洋古今の美術を勉強するとともに異国の地で水墨画を改めて見直し、世界に通じる日本画を描きたいと思ったそうです。
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東洋的抽象表現を追及、水墨画の新たな可能性を切り開いた画家と言えます。1971年製作中に持病の脳血栓が再発し筆を持ったまま絵の中に倒れこみそのまま帰らぬ人となったそうです。享年72歳。
*本作品は長期間、掛けていたようで風袋がなくなり、その部分が日焼けしており、前述のように掛けるときか、外すときに落してようで、上部に折れが生じています。気にならない方には支障のないものかもしれませんが、掛け軸という総合美術という観点からは致命傷です。さて本作品の改装をどうする?
掛け軸の基本的な扱い方くらいは日本人は知っておくべきでしょう。小生は母から教わりましたが・・。小さな頃から寝床の脇に床の間があって、普段から狩野芳崖や川端龍子、福田豊四郎の作品が掛かっていましたが、悪さをした覚えがありません。またついでに基本的に同じ作品はひと月以上は掛けておいてはいけませんとも教わりました。
ところで「湖上行島」と題されていますが、描いたのはいったいどこでしょう?

その脇に本日紹介する作品を掛けています。
掛け軸を床に掛ける時や外す時に油断すると、掛け軸を落とすことがあります。その場合掛け軸に折れ皺が入ることがあります。これは表具をやり直さないと直らないものとなりますので、掛け軸を掛ける時や外す時には細心の注意が必要です。
本日は掛け軸を落とした際に折れ皺が入った作品かと思われる作品です。このような折れのある掛け軸は意外に多いようです。
湖上行島 児玉希望筆 その7
絹本着色軸装 軸先鹿骨 共箱
全体サイズ:縦1650*横510 画サイズ:縦910*横410

当方の所蔵作品である「富士」と同一印章であり、落款も同じ字体であることから初期の作品と推察されます。

共箱もしっかりしています。


児玉希望は当初、実業家を目指していましたが祖父の死を機に画家になることを決意し、日本画家川合玉堂の門を叩いています。そのわずか3年後帝展に初入選し新進気鋭の画家として注目を浴びました。

30歳のとき「盛秋」で帝展で特選を受賞し、池の群青と紅葉した樹木の色彩の見事な対比は、大和絵の研究をするうちに自ずと身に着けたもので気品あふれる傑作と絶賛されました。本作品はこの頃の作と推察されます。
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児玉希望:明治31年生まれ、昭和46年没。享年74歳。広島県に生まれる。名は省三、川合玉堂の高弟。師の筆法を継ぎ、山水、花鳥画をよくし、覇気に満ちた性格と共に、「残月」、「盛秋」、「枯野」、「暮春」等の大作を出し、近代的な色彩感覚を風景花鳥画に注いだ。南画院同人、日展評議員、芸術院会員を務めた。

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しかし児玉希望は色彩の効果にのみに頼ることを恐れ、南画を学びさらには花鳥画、歴史画、人物画などありとあらゆる画題に挑戦しました。

さまざまな試行錯誤を経て最後にたどり着いたのが水墨画でした。

下記の作品の「枯野」は北宗画の細密さとヨーロッパ絵画の写実が融合した戦前の代表作で眼光鋭い狐の姿に並々ならぬ技量が見てとれます。

「水墨画だけは素人には絶対に描けるものではない 若し描いたとしてもそれは墨で描いた絵に止まり古来の水墨画とは自ら別のものである」希望はこう語っています。
1957年、59歳で渡欧し1年間滞在し、西洋古今の美術を勉強するとともに異国の地で水墨画を改めて見直し、世界に通じる日本画を描きたいと思ったそうです。

東洋的抽象表現を追及、水墨画の新たな可能性を切り開いた画家と言えます。1971年製作中に持病の脳血栓が再発し筆を持ったまま絵の中に倒れこみそのまま帰らぬ人となったそうです。享年72歳。
*本作品は長期間、掛けていたようで風袋がなくなり、その部分が日焼けしており、前述のように掛けるときか、外すときに落してようで、上部に折れが生じています。気にならない方には支障のないものかもしれませんが、掛け軸という総合美術という観点からは致命傷です。さて本作品の改装をどうする?
掛け軸の基本的な扱い方くらいは日本人は知っておくべきでしょう。小生は母から教わりましたが・・。小さな頃から寝床の脇に床の間があって、普段から狩野芳崖や川端龍子、福田豊四郎の作品が掛かっていましたが、悪さをした覚えがありません。またついでに基本的に同じ作品はひと月以上は掛けておいてはいけませんとも教わりました。
ところで「湖上行島」と題されていますが、描いたのはいったいどこでしょう?