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Channel: 夜噺骨董談義
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扇面 車海老 伊勢正義筆 1961年(昭和36年)作

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家の改修は少しずつ高級感のある材料に変えていますが、あまり高級すぎては嫌味になります。その点、木にするというのは嫌味もなく、今では森林保護の観点からも推奨されています。その木材を地のままにするか、塗装するかはその使用部分、日当たりの環境、手入れの頻度で異なります。


当方の離れの縁側、地のままだったのですが、塗装にすることにしました。これは庭側のガラス掃除や庭の水まき、洗濯物の干場なぢの理由で木部にシミが出やすいことが分かってきたからです。


新築時は手入れによって味がでると思ったのですが、それほど頻繁に手入れするほどの時間的、体力的にに余裕がありません。


そこで天井の改修工事に際しての塗装に絡めて塗装しました。


一度全部研磨などでシミや汚れを落としてからの塗装です。おかげさまできれいに板目の木の良さが蘇りました。


改装された天井も塗装完了しました。


当方の自慢の階段? 総欅の階段でしたが小さな息子にはちょっと危険だったので、格子や右側の手摺、踏み込みの塞ぎ(階段の下部の踏み込みはむくの欅ではない)や踏面のマットを取り付けています。


リビングの改修もクロスから木へ・・・。今少し完成までは時間がかかるようです。


本日紹介する作品は同郷の洋画家である伊勢正義の日本画の作品です。洋画家でありながら日本画にも精通した画力を持つ画家のようです。


描いているのは車海老でしょうか? 伊勢海老ではありませんね。
扇面 車海老 伊勢正義筆 1961年(昭和36年)作紙本着色扇面額装全体サイズ:横575*縦380 画サイズ:横505*縦225


伊勢正義(1907年~1985年)は明治40年2月28日、秋田県鹿角郡(大館市白沢)に生まれています。転勤の多かった父に伴い、各地を転々としていますが、少年時代を秋田県小坂町で過ごしました。当時の小坂町は鉱山の最盛期で、秋田県の北辺の土地でありながら、中央から直接文化が流れ込み、近代的・都会的な雰囲気が満ち溢れていました。演劇などの文化活動も盛んに行われ、芸術方面の関心が高い町だったと思われます。
*小坂鉱山は1884年には藤田組(当時)に払い下げられ、1901年(明治34年)には銀の生産高が日本一の鉱山となっています。


**「小坂鉱山事務所」(上記写真)は国重要文化財となっています。この建物は明治38年(1905年)に建設され、明治期から大正期にかけて鉱産額日本一を誇った小坂町のシンボルとなっています。


***小坂町立の芝居小屋であった康楽館(上記写真)もまた国の重要文化財です。旧金毘羅大芝居(香川県仲多度郡琴平町)や永楽館(兵庫県豊岡市)とともに、日本最古級の劇場の一つとして知られています。
このふたつは一度は訪れておくべき建物ですね。当時の小坂町は非常に文化的レベルが高かったと言えます。本ブログで100点以上の作品を紹介している福田豊四郎もこの町の出身です。
残念なのはこの二人の画家を輩出しながら、小坂町周辺に良き美術館がないことです。小坂郷土館はありますが、美術館と言えるような施設とはほど遠いものです。 さて当方の所蔵作品で同じ頃に描いた作品には下記の作品があります。
白き鳥 伊勢正義画 1961年(昭和36年)作 油彩額装 左下サイン画サイズF6号:横550*縦460 全体サイズ:縦320*横4101961年 昭和36年 54歳


伊勢正義は昭和6年に東京美術学校西洋画科を卒業す藤島武二に師事しています。基本的なデッサン力を身に付けていたのでしょう。

日本画家でさえこのデッサン力には及ばない画家もたくさんいます。現代の洋画家でこれだけのデッサン力のある画家はほとんどいませんね。


作品中には年季があります。
 
額のない状態で入手していますので、額はインターネットオークションで入手し、マットなどを誂えています。


郷里の画家だからこそ大切にしていくのが、同郷の蒐集家の役目でしょう。


郷里のある蒐集家が、郷里の作品を蒐集しないのは片手落ちというものですね。






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