最近は郷里の画家のどでかい作品が手に入るようです。たとえば下記の作品・・。
天外一聲 倉田松濤筆 昭和2年紙本水墨淡彩軸装 軸先木製 合箱 全体サイズ:横1895*縦1570 画サイズ:横1735*縦950
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本日紹介する作品もでかい・・・。上記の作品も状態が悪かったのですが、きれいに改装し、作品が蘇っています。改装金額がおよそ9万円・・、表具を改装するのに大枚が必要となる・・・。ただし蒐集家はその資金の半分はメンテに費用を費やすべきだと思います。
さらにこのような大きな作品を扱うにはそれなりの体力と神経を使います。粗雑に扱うといっぺんに作品は痛みます。蒐集家には鑑識眼以外にそれなりの資質が必要かと・・。
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この作品はおそらく平福穂庵が北海道に居た頃の描いたものでしょう。なおこの時期の平福穂庵に作品には大作が多いとされています。
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貴重な作品 大鷲図 平福穂庵筆 明治7年(1874年)紙本水墨軸装 軸先骨 合箱全体サイズ:横1000*縦2200 画サイズ:横875*縦1650*分類第2期:職業画家をめざして(明治1年~10年)
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落款には「甲戌夏月 穂庵寫 押印」とあり、1874年(明治7年)の作と思われます。明治5年に知人を訪ねて北海道浦河に渡り、その後函館に数年滞在して、この間北海道の各地を漫遊し、アイヌの生活を観察して漁猟図などを描いていますが、その頃の作となります。ただし北海道で描いた作品には落款に「羽芸」としているものが多いですが、その証拠は本作品にはありません。
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平福穂庵は明治5年(1872年)春に角館の商家・堺清兵衛と共に北海道の浦河や函館へ旅行しています。翌年の11月にも函館滞在が確認でき資料には数年滞在したらしいという記述もあります。さらに明治14年から16年まで実業家・瀬川安五郎からの仕事も兼ねて函館に居住し、地域の文人たちと交流しました。函館では平沢屏山から影響を受け、以後アイヌ絵も得意な画題としています。この後半の滞在時に「羽芸」の落款を記したのではないでしょうか?
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*いずれにしてもこの明治5年頃からの数年の作品は残存数が少ないようです。
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北海道で描いたとする根拠は、この作品は北海道に主に生息する大鷲を描いた作品と思われることです。
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平福穂庵の作品は年季まで記された作品は少ないですが、下記の作品の落款(下記写真右)が参考になります。
松ニ鷹図 平福穂庵筆 明治11年(1878年)紙本水墨軸装 軸先骨 合箱全体サイズ:横554*縦2090 画サイズ:横414*縦1165*分類第2期:職業画家をめざして(明治1年~10年)
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平福穂庵が北海道を訪れた2度目は明治10年で、穂庵の後見者だった盛岡の実業家・瀬川安五郎の招きで函館を訪れていますが、この時は、瀬川の函館での事業を手伝うはずだったのですが長く続けられず、改めて明治15年に函館を訪れ、翌16年の12月まで約2年間滞在し、瀬川の経営する海産物を扱う函館出張所の仕事を手伝ったりしています。
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本作品中の累印で下のものは他の所蔵作品「山静日長(春閑) 明治17年(1884年)頃」に押印された「穂庵(朱文白方印)」(上写真右)と同一印章でしょう。
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不鮮明な上の印は、フラッシュ似て撮影すると鮮明となり、どうも「平芸画印(白文朱方印)」のようですが、これに似た印は他に2種あって、当方の所蔵作品中からでは、下写真の左の「雪中鴛鴦図」慶応3年(1867年 明治元年前年)仲夏の作)からと下写真の右の「入江孤舟図(仮題)」に押印されてるものがあります。
共に他の印との累印となっていますが、本作品の印はこれとも違うものです。作品資料から現在調査中です。
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出来はちょっと雑でも平福穂庵の大作には相違ないようで、北海道に渡った時の題材を描いた年季のある貴重な作品となります。
天外一聲 倉田松濤筆 昭和2年紙本水墨淡彩軸装 軸先木製 合箱 全体サイズ:横1895*縦1570 画サイズ:横1735*縦950
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本日紹介する作品もでかい・・・。上記の作品も状態が悪かったのですが、きれいに改装し、作品が蘇っています。改装金額がおよそ9万円・・、表具を改装するのに大枚が必要となる・・・。ただし蒐集家はその資金の半分はメンテに費用を費やすべきだと思います。
さらにこのような大きな作品を扱うにはそれなりの体力と神経を使います。粗雑に扱うといっぺんに作品は痛みます。蒐集家には鑑識眼以外にそれなりの資質が必要かと・・。
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この作品はおそらく平福穂庵が北海道に居た頃の描いたものでしょう。なおこの時期の平福穂庵に作品には大作が多いとされています。
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貴重な作品 大鷲図 平福穂庵筆 明治7年(1874年)紙本水墨軸装 軸先骨 合箱全体サイズ:横1000*縦2200 画サイズ:横875*縦1650*分類第2期:職業画家をめざして(明治1年~10年)
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落款には「甲戌夏月 穂庵寫 押印」とあり、1874年(明治7年)の作と思われます。明治5年に知人を訪ねて北海道浦河に渡り、その後函館に数年滞在して、この間北海道の各地を漫遊し、アイヌの生活を観察して漁猟図などを描いていますが、その頃の作となります。ただし北海道で描いた作品には落款に「羽芸」としているものが多いですが、その証拠は本作品にはありません。
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平福穂庵は明治5年(1872年)春に角館の商家・堺清兵衛と共に北海道の浦河や函館へ旅行しています。翌年の11月にも函館滞在が確認でき資料には数年滞在したらしいという記述もあります。さらに明治14年から16年まで実業家・瀬川安五郎からの仕事も兼ねて函館に居住し、地域の文人たちと交流しました。函館では平沢屏山から影響を受け、以後アイヌ絵も得意な画題としています。この後半の滞在時に「羽芸」の落款を記したのではないでしょうか?
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*いずれにしてもこの明治5年頃からの数年の作品は残存数が少ないようです。
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北海道で描いたとする根拠は、この作品は北海道に主に生息する大鷲を描いた作品と思われることです。
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平福穂庵の作品は年季まで記された作品は少ないですが、下記の作品の落款(下記写真右)が参考になります。
松ニ鷹図 平福穂庵筆 明治11年(1878年)紙本水墨軸装 軸先骨 合箱全体サイズ:横554*縦2090 画サイズ:横414*縦1165*分類第2期:職業画家をめざして(明治1年~10年)
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平福穂庵が北海道を訪れた2度目は明治10年で、穂庵の後見者だった盛岡の実業家・瀬川安五郎の招きで函館を訪れていますが、この時は、瀬川の函館での事業を手伝うはずだったのですが長く続けられず、改めて明治15年に函館を訪れ、翌16年の12月まで約2年間滞在し、瀬川の経営する海産物を扱う函館出張所の仕事を手伝ったりしています。
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本作品中の累印で下のものは他の所蔵作品「山静日長(春閑) 明治17年(1884年)頃」に押印された「穂庵(朱文白方印)」(上写真右)と同一印章でしょう。
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不鮮明な上の印は、フラッシュ似て撮影すると鮮明となり、どうも「平芸画印(白文朱方印)」のようですが、これに似た印は他に2種あって、当方の所蔵作品中からでは、下写真の左の「雪中鴛鴦図」慶応3年(1867年 明治元年前年)仲夏の作)からと下写真の右の「入江孤舟図(仮題)」に押印されてるものがあります。
共に他の印との累印となっていますが、本作品の印はこれとも違うものです。作品資料から現在調査中です。
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出来はちょっと雑でも平福穂庵の大作には相違ないようで、北海道に渡った時の題材を描いた年季のある貴重な作品となります。