5月の帰省で男の隠れ家の改修工事の案を練っていたら、実家で使っていた夏用の障子が十数本見つかりました。
在京の離れには雪見障子と合わせて6本引きとして戸袋も専用に作りましたが、これは結構な大仕事になりました。
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下記の写真のように車庫の奥に母が仕舞いこんでいた・・・・。さらにこの二組の板、どうも着物を洗った時に使うのかな? この杉板も何かに利用できないのか? 洗ってきれいにして大きな棚にして上にガラスをとか・・、小生のモノづくりの構想(妄想)は尽きない・・。
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さて亡くなった母方のモノづくりの好きな叔父とはよく骨董談義していましたが、その叔父の書斎に飾られた作品に鈴木信太郎が描いた風景画がありました。明るく描かれたちょっと稚拙なような描き方が非常に気になっていました。いつかは当方も入手してみたい画家の作品のひとつになっていましたが、今回はサイズが3号と小さめの作品ですが、ようやく入手できたので紹介します。
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気になっていた画家 アネモネ 鈴木信太郎画油彩額装 左下サイン 黄袋+タトウ額サイズ:縦407*横460 画サイズ:縦223*横273 F3号東京美術倶楽部鑑定書付(NO021-0613 令和3年4月25日)
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鈴木信太郎の略歴は下記のとおりです。
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鈴木信太郎:東京生まれ。白馬会洋画研究所で黒田清輝に師事。
1934年(昭和9年)出品した第二十一回二科展で推奨に選出されたことなどを契機に、1936年(昭和11年)、二科会に新会員として迎えられる。
1955年(昭和30年)、二科会を退会して一陽会を結成し中心的存在として活躍する。
1960年(昭和35年)、日本芸術院賞受賞、
1969年(昭和44年)、日本芸術院会員、1988年(昭和63年)、文化功労者。
幼時から足が不自由であったが日本各地を写生旅行でまわり、晩年は車いすの上で描き続けた。明朗で色彩豊かな風景画を得意とした。現在もたびたび展覧会が催され、ケーキ店の包装紙に使われるなど、目にする機会も多い。フランス文学者の鈴木信太郎とは同年でもあるため紛れやすい。
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明朗で色彩豊かな風景画が得意とのことですが、この作品は珍しく暗い感じのする作品となっています。
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画歴の詳細は下記のとおりです。
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1895年(明治28年)8月16日、鈴木金蔵、テルの次男として誕生。祖父の代まで甲州街道の小仏関所で本陣を営み、父の代で八王子に移り、生糸の仲買などを営んだ。幼少期の病で左半身が不自由となる。1906年(明治39年)、白馬会洋画研究所に入り黒田清輝に師事。1913年(大正2年)、東京府立織染学校(現:東京都立八王子工業高等学校)に入学。織物図案を2年学ぶ。1924年(大正13年)、第11回二科展に入選。1950年(昭和25年)、武蔵野美術大学教授。1955年(昭和30年)、多摩美術大学教授。二科会を退会。高岡徳太郎らと一陽会を結成。1960年(昭和35年)、日本芸術院賞受賞。1969年(昭和44年)、日本芸術院会員。勲三等瑞宝章受章。1988年(昭和63年)、文化功労者。1989年(平成元年)5月13日、日本赤十字社医療センターにて死去。
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小さな作品ですが、いい作品だと悦にいっていますが・・。
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裏面にはおそらく本人が記した題名があります。
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額は新調されているようです。
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東京美術倶楽部の鑑定書が添付されています。日本では最も信頼性のおける鑑定機関なのでしょう。
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寝室に飾って毎日のように眺めており、そのたびの当方の骨董の指南役であった叔父を思い出します。朝陽の差す寝室に似合っていて、明るくていい作品だと思っています。
当方の骨董蒐集は基本的にモノづくりとの相乗だと思います。ものを作ると飾りたくなる、いい作品を入手すると飾る場所を作りたくなる。
在京の離れには雪見障子と合わせて6本引きとして戸袋も専用に作りましたが、これは結構な大仕事になりました。
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下記の写真のように車庫の奥に母が仕舞いこんでいた・・・・。さらにこの二組の板、どうも着物を洗った時に使うのかな? この杉板も何かに利用できないのか? 洗ってきれいにして大きな棚にして上にガラスをとか・・、小生のモノづくりの構想(妄想)は尽きない・・。
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さて亡くなった母方のモノづくりの好きな叔父とはよく骨董談義していましたが、その叔父の書斎に飾られた作品に鈴木信太郎が描いた風景画がありました。明るく描かれたちょっと稚拙なような描き方が非常に気になっていました。いつかは当方も入手してみたい画家の作品のひとつになっていましたが、今回はサイズが3号と小さめの作品ですが、ようやく入手できたので紹介します。
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気になっていた画家 アネモネ 鈴木信太郎画油彩額装 左下サイン 黄袋+タトウ額サイズ:縦407*横460 画サイズ:縦223*横273 F3号東京美術倶楽部鑑定書付(NO021-0613 令和3年4月25日)
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鈴木信太郎の略歴は下記のとおりです。
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鈴木信太郎:東京生まれ。白馬会洋画研究所で黒田清輝に師事。
1934年(昭和9年)出品した第二十一回二科展で推奨に選出されたことなどを契機に、1936年(昭和11年)、二科会に新会員として迎えられる。
1955年(昭和30年)、二科会を退会して一陽会を結成し中心的存在として活躍する。
1960年(昭和35年)、日本芸術院賞受賞、
1969年(昭和44年)、日本芸術院会員、1988年(昭和63年)、文化功労者。
幼時から足が不自由であったが日本各地を写生旅行でまわり、晩年は車いすの上で描き続けた。明朗で色彩豊かな風景画を得意とした。現在もたびたび展覧会が催され、ケーキ店の包装紙に使われるなど、目にする機会も多い。フランス文学者の鈴木信太郎とは同年でもあるため紛れやすい。
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明朗で色彩豊かな風景画が得意とのことですが、この作品は珍しく暗い感じのする作品となっています。
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画歴の詳細は下記のとおりです。
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1895年(明治28年)8月16日、鈴木金蔵、テルの次男として誕生。祖父の代まで甲州街道の小仏関所で本陣を営み、父の代で八王子に移り、生糸の仲買などを営んだ。幼少期の病で左半身が不自由となる。1906年(明治39年)、白馬会洋画研究所に入り黒田清輝に師事。1913年(大正2年)、東京府立織染学校(現:東京都立八王子工業高等学校)に入学。織物図案を2年学ぶ。1924年(大正13年)、第11回二科展に入選。1950年(昭和25年)、武蔵野美術大学教授。1955年(昭和30年)、多摩美術大学教授。二科会を退会。高岡徳太郎らと一陽会を結成。1960年(昭和35年)、日本芸術院賞受賞。1969年(昭和44年)、日本芸術院会員。勲三等瑞宝章受章。1988年(昭和63年)、文化功労者。1989年(平成元年)5月13日、日本赤十字社医療センターにて死去。
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小さな作品ですが、いい作品だと悦にいっていますが・・。
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裏面にはおそらく本人が記した題名があります。
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額は新調されているようです。
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東京美術倶楽部の鑑定書が添付されています。日本では最も信頼性のおける鑑定機関なのでしょう。
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寝室に飾って毎日のように眺めており、そのたびの当方の骨董の指南役であった叔父を思い出します。朝陽の差す寝室に似合っていて、明るくていい作品だと思っています。
当方の骨董蒐集は基本的にモノづくりとの相乗だと思います。ものを作ると飾りたくなる、いい作品を入手すると飾る場所を作りたくなる。