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Channel: 夜噺骨董談義
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南蛮備前焼締花入 江戸期

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昨夜は元会社の同僚と痛飲・・、服は脱ぎっぱなし・・・、かなり酔いました。

5時には家内からのいつものモーニングコールで起こされました。本日は朝立ち寄りのため、のんびりと出勤予定なのに・・・、ま〜こうしてブログを投稿する時間できるし、毎日遅刻をせず助かります。

家内から「富士と鷹」の着物の写真が送られてきました。それと挨拶回りで戴いたお菓子と・・。



本日は南蛮焼・・・、南蛮焼締という種類の焼き物をご存知の方は少ないかと思いますし、備前焼と見間違うことが多く、備前焼と判別は難しい焼き物です。古い作品の数も少なく、現代の作家による作品は星の数ほどありますので、その見極めも難しいように思います。

南蛮焼締花入 江戸期
杉古箱
口径90〜75*胴径120*高さ285



本作品の説明には「南蛮備前 焼締 二筋花瓶」とあり、杉の古い箱に収めらていました。一見して日本国内の備前焼のようですが、少し感触的に違うように思われ売主の意見をも尊重して「南蛮焼締花入」と判断しています。



古い杉箱が収納用の箱としてありましたが、鼠の糞まで収納されていました。久しぶりに鼠の糞を見ました。田舎では神棚の掃除や蔵の掃除でよく掃除したものです。

この器はひと目見るなり、「気に入った!」という感想です。備前だろうと、南蛮焼だろうとこの器はいい作品と直感しました。素人判断ですので、誤りがあるかもしれませんが・・・。




形もいびつで、一見とても売り物のなるようなものではありません。これがまたいい・・。



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南蛮焼
南蛮焼というのは、中国南部・ルソン・安南などから輸入された?器(せつき)のことで、紫黒色で無釉(むゆう)のものが多く、日本では茶入れ・茶壺・水指・建水などに用いられてきました。各国産のものが混在しており、作風は一定していません。


南蛮島物はほとんど呂宋(フィリピン)と阿嬬港(マカオ)との製品とすることがありますが、これらの地はただ陶磁の集散地であっただけで産地ではないようです。

中国明代の広東窯はフィリピン、ボルネオその他南洋諸島に大小各種の陶器を輸出したので、南蛮焼といわれるものの大部分は中国南方の生産と思われ、南蛮芋頭水指という伝世品に万暦(1573-1619)の年款のあるものがあります。そのほか安南(ヴェトナム)・迢羅(タイ)あたりの粗製品も混在しているようで、またインド文のあるものもあるのでインド産の一部も南蛮焼と呼ばれていたことがわかります。

南蛮焼と呼ばれるものを通観してみると、一定の作風がなくまた窯印もほとんどなく、多くは紫黒色の妬器質で、無釉の作品に頑健味があるようで、また施釉の作品もあります。

『万宝全書』は「南蛮焼は下品なり日本の備前焼物を見るが如し」といいます。備前焼と南蛮焼は無釉の焼締という似たような器とみなされていたようです。国内の南蛮写しは備前・伊賀・京都・信楽・常滑・瀬戸・丹波・萩・唐津・高取などにあります。

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日本では南蛮焼の多くが茶器として珍重されています。その飾り気のない趣が評価されているのでしょう。備前焼と同じように飾る時には表面にスプレーで水を吹き掛けると味わいが出るようです。




いびつなものに惹かれるというのは日本人独特の感性のように思います。その感性が最近の日本人には乏しくなり、常に西洋風や中国官窯の作品のような冷たい完全性を求める骨董趣味人が多くなりました。お茶の世界においても残念ながらその傾向にあり、つまらないう器ばかりで閉口します。




仕事の世界でもしかりで、人間味のある人、本当に必要な人材を見極めていくことが必要です。

和を保ち、判断力があり、自らの革新性もある人材を登用していくことが必要ですが、自らそうあるように常に自己研鑽が必要です。




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