さて本日は本当の「怪しき作品」の紹介です。
当方の蒐集で確率50%の釧雲泉の真贋打率、なかなか打率が上がりませんが、こんな作品を入手してみました。
怪しき作品 文化二年 松渓山水図 釧雲泉筆
紙本水墨淡彩軸装 軸先木製 合箱
全体サイズ:縦2135*横961 画サイズ:縦1795*横815
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*手前は時代の下がった李朝後期の提灯壺、たいした作品ではありません。
釧雲泉は中国南宗画を志向し続けており山水画に名品が多く、比較的若描きのものに評価が高いと言われています。比較して晩年の作は妙な重苦しさがあると評されています。
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真作としたらたしかに重苦しい・・。ちょっと暗すぎないかな~。
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南画の評価が難しいのは画技の技量ではなく、評価が画の構成からくる精神性に重きを成している点ですね。
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この作品は画としての技量は稚拙なように思いますが、全体の雰囲気は山水画としてはいい感じです。
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とはいえ真贋は南画の評価が高かった時代の作品は非常に難しいものになります。さて真贋や如何?
落款には「乙丑夏日 雲泉 押印」とあり、真筆なら1805年(文化2年)、46歳の作となります。文化3年4月(1806年)46歳の頃、大窪詩仏とともに信越に赴く直前の作ということですが・・。1811年(52歳)で釧雲泉は亡くなっていますので、晩年の作に分類される頃です。
「雲泉」の落款は良さそうですが、「釧就之印」の同一印章は似ているものはあるものの、全くの同一印は確認できていません。この点からも当方では真作とは断定していません。ただ同一印がないから即時に贋作というのは江戸期以前の作品には早計です。
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古そうな箱に収められています。
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箱裏には「越後雲泉山人後江戸住人九州路□□□□□□□田□之□□□□□□□天保之甲未秋(1834年 天保5年 秋) 半閑子漫庵」と記されており、釧雲泉が亡くなってから23年後の箱書きとなります。ただ当時から贋作は存在していた可能性がありますので、箱書きを時代共々鵜呑みにはできないでしょう。
詳細は判読できていませんし、「半閑子漫庵」についても不詳です。
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さてしばし、展示室に掛けていますが、早計に判断せずにじっくり鑑賞してみることにしました。
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未だにすとんと腹に収まらない作品、またしてもごみ収集に投げ込むか否か、いくらたっても目利きに進歩のない当方の蒐集です。読者の皆さんの判断は如何でしょうか?
当方の蒐集で確率50%の釧雲泉の真贋打率、なかなか打率が上がりませんが、こんな作品を入手してみました。
怪しき作品 文化二年 松渓山水図 釧雲泉筆
紙本水墨淡彩軸装 軸先木製 合箱
全体サイズ:縦2135*横961 画サイズ:縦1795*横815
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*手前は時代の下がった李朝後期の提灯壺、たいした作品ではありません。
釧雲泉は中国南宗画を志向し続けており山水画に名品が多く、比較的若描きのものに評価が高いと言われています。比較して晩年の作は妙な重苦しさがあると評されています。
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真作としたらたしかに重苦しい・・。ちょっと暗すぎないかな~。
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南画の評価が難しいのは画技の技量ではなく、評価が画の構成からくる精神性に重きを成している点ですね。
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この作品は画としての技量は稚拙なように思いますが、全体の雰囲気は山水画としてはいい感じです。
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とはいえ真贋は南画の評価が高かった時代の作品は非常に難しいものになります。さて真贋や如何?
落款には「乙丑夏日 雲泉 押印」とあり、真筆なら1805年(文化2年)、46歳の作となります。文化3年4月(1806年)46歳の頃、大窪詩仏とともに信越に赴く直前の作ということですが・・。1811年(52歳)で釧雲泉は亡くなっていますので、晩年の作に分類される頃です。
「雲泉」の落款は良さそうですが、「釧就之印」の同一印章は似ているものはあるものの、全くの同一印は確認できていません。この点からも当方では真作とは断定していません。ただ同一印がないから即時に贋作というのは江戸期以前の作品には早計です。
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箱裏には「越後雲泉山人後江戸住人九州路□□□□□□□田□之□□□□□□□天保之甲未秋(1834年 天保5年 秋) 半閑子漫庵」と記されており、釧雲泉が亡くなってから23年後の箱書きとなります。ただ当時から贋作は存在していた可能性がありますので、箱書きを時代共々鵜呑みにはできないでしょう。
詳細は判読できていませんし、「半閑子漫庵」についても不詳です。
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