週末に書斎で趣味の作品を整理しているといつも机にのっかり、小物を弄り回す息子です。小生がはさみ、カッターなどを使っているのをじっと見ていることもあります![]()
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はさみ、ホチキス、スケール、定規、糊・・、ともかくなんでも遊び道具となります。基本的にこちらが面白そうにしていると手伝いたくなるようです![]()
さて本日は水滴の作品です。
李朝後期 瑠璃釉魚形水滴
合箱入
幅67*奥行き65*高さ27
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朝鮮の李朝時代の19世紀頃、分院里窯で多く作れた魚の形をした水滴。李朝末期には薄い瑠璃釉や極端に色濃い下卑た作品が多いのですが、本作品は鮮やかな発色の呉須で染められ優品のひとつかと思います。
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細かな陽刻の造形に映える青と白のコントラストは青花とも称するように美しいものです。銀繕いがされていますが、これがかえって景色となり趣があります。この手の作品は数が多いのでせいぜい高くても数万円程度で売買されています。
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李氏朝鮮時代(李朝時代)は粉青沙器と白磁が主流でしたが、 15世紀頃に中国の影響を受け染付の焼成が始まります。焼成当初は染付の原料であるコバルト顔料が国内では採れず、輸入品も高価だったため生産量も少なく王宮などでしか使われていなかったと言われています。これにより李朝染付の魅力である、余白と簡素な文様で効率的に絵付けしてある味わいと温かみが生まれたとされています。
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18世紀に入ると李朝官窯はそれまでの金沙里から分院に移され分院窯が創業、この頃の上質な高級磁器を分院手と呼ぶそうです。その後、まとまったコバルト顔料が入るようになると染付の量産が始まり、 一般庶民の日用雑貨、文人達が使う文房具などが数多く作られました。
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李朝の作品には初心者の当方にはちょうどよい入門者向けの作品のようです。
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この手の李朝末期の作品には赤みを帯びた胎土のものが多く、コバルト顔料による下卑た作品が多くなり、呉須も薄くなったり、濃い色になったりしていますが、本作品はそうなる少し前の製作時期と思われます。
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義母が振り帯で作ってくれた刀剣の収納袋、その端材で作った袱紗を敷いてみました。
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ありふれた水滴の作品ながら、なかなかいい出来・・。
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他の小物の作品も改めて飾ってみました。
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最近紹介した初期伊万里から古伊万里に移行する作品に属する香合・・。
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源内焼の野菜の盛り合わせの水滴。
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獅子の水滴、これらは源内焼の珍品と言えます。
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家内の家の墓に使われた香川産の庵治石の見本があったので、「石材の単価としては世界一」の貴重品なので石材店に頼んで磨きにかけました。磨き代金は3000円弱也。
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古備前?の水滴・・。
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こういう文具や香合の小物類、現代は何に使うかが愉しみのひとつです。
*「庵治石」を知らない方は下記を参考にして下さい。
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庵治石:日本三大花崗岩の一つとしても知られ、今では、世界でも花崗岩のダイヤと呼ばれて高く評価されている石材です。きめ細かな地肌であるがゆえに風化に強く、磨けば磨くほど艶を増していきます。正式名称は「黒雲母細粒花崗閃緑岩」で、主成分は石英と長石、そこに少しの黒雲母が含まれているため、庵治石には「フ(斑)」と呼ばれる珍しい表情が現れてきます。石材という観点から花崗岩は細目(こまめ)、中目(ちゅうめ)、荒目(あらめ)と分類され、庵治石は細目と中目に分類されており、きめ細かな模様の細目(こまめ)になるほど貴重品として扱われています。また、水晶に近い硬度を持つことも庵治石の特徴です。二百年は彫られた字が崩れたり、赤茶色に変色したり、艶が無くなったりしないといわれているのもこの硬さのおかげです。
ひとつ一つの結晶が小さく、緻密であることから他の花崗岩とは比較にならないほど細かな細工を施すことが可能です。故に、庵治石は丈夫で美しく、文字や模様がいつまでも崩れたり変質したりしないのです。
「斑」とは、よく研磨した石表面に黒雲母が特に緻密に入り、「指先で押さえたような湿り気または潤いを与えたような」まだら模様に濃淡が出ることで、斑が浮くとは石の表面が二重の絣模様(かすりもよう)のように見えることをいいます。この現象は世界の石材の中でも他に類がないとされており、庵治石特有の現象とされています。この希少性、特質から、石材の単価としては世界一と評価されています。
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はさみ、ホチキス、スケール、定規、糊・・、ともかくなんでも遊び道具となります。基本的にこちらが面白そうにしていると手伝いたくなるようです

さて本日は水滴の作品です。
李朝後期 瑠璃釉魚形水滴
合箱入
幅67*奥行き65*高さ27

朝鮮の李朝時代の19世紀頃、分院里窯で多く作れた魚の形をした水滴。李朝末期には薄い瑠璃釉や極端に色濃い下卑た作品が多いのですが、本作品は鮮やかな発色の呉須で染められ優品のひとつかと思います。

細かな陽刻の造形に映える青と白のコントラストは青花とも称するように美しいものです。銀繕いがされていますが、これがかえって景色となり趣があります。この手の作品は数が多いのでせいぜい高くても数万円程度で売買されています。

李氏朝鮮時代(李朝時代)は粉青沙器と白磁が主流でしたが、 15世紀頃に中国の影響を受け染付の焼成が始まります。焼成当初は染付の原料であるコバルト顔料が国内では採れず、輸入品も高価だったため生産量も少なく王宮などでしか使われていなかったと言われています。これにより李朝染付の魅力である、余白と簡素な文様で効率的に絵付けしてある味わいと温かみが生まれたとされています。

18世紀に入ると李朝官窯はそれまでの金沙里から分院に移され分院窯が創業、この頃の上質な高級磁器を分院手と呼ぶそうです。その後、まとまったコバルト顔料が入るようになると染付の量産が始まり、 一般庶民の日用雑貨、文人達が使う文房具などが数多く作られました。

李朝の作品には初心者の当方にはちょうどよい入門者向けの作品のようです。

この手の李朝末期の作品には赤みを帯びた胎土のものが多く、コバルト顔料による下卑た作品が多くなり、呉須も薄くなったり、濃い色になったりしていますが、本作品はそうなる少し前の製作時期と思われます。

義母が振り帯で作ってくれた刀剣の収納袋、その端材で作った袱紗を敷いてみました。

ありふれた水滴の作品ながら、なかなかいい出来・・。

他の小物の作品も改めて飾ってみました。

最近紹介した初期伊万里から古伊万里に移行する作品に属する香合・・。

源内焼の野菜の盛り合わせの水滴。

獅子の水滴、これらは源内焼の珍品と言えます。

家内の家の墓に使われた香川産の庵治石の見本があったので、「石材の単価としては世界一」の貴重品なので石材店に頼んで磨きにかけました。磨き代金は3000円弱也。

古備前?の水滴・・。

こういう文具や香合の小物類、現代は何に使うかが愉しみのひとつです。
*「庵治石」を知らない方は下記を参考にして下さい。
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庵治石:日本三大花崗岩の一つとしても知られ、今では、世界でも花崗岩のダイヤと呼ばれて高く評価されている石材です。きめ細かな地肌であるがゆえに風化に強く、磨けば磨くほど艶を増していきます。正式名称は「黒雲母細粒花崗閃緑岩」で、主成分は石英と長石、そこに少しの黒雲母が含まれているため、庵治石には「フ(斑)」と呼ばれる珍しい表情が現れてきます。石材という観点から花崗岩は細目(こまめ)、中目(ちゅうめ)、荒目(あらめ)と分類され、庵治石は細目と中目に分類されており、きめ細かな模様の細目(こまめ)になるほど貴重品として扱われています。また、水晶に近い硬度を持つことも庵治石の特徴です。二百年は彫られた字が崩れたり、赤茶色に変色したり、艶が無くなったりしないといわれているのもこの硬さのおかげです。
ひとつ一つの結晶が小さく、緻密であることから他の花崗岩とは比較にならないほど細かな細工を施すことが可能です。故に、庵治石は丈夫で美しく、文字や模様がいつまでも崩れたり変質したりしないのです。
「斑」とは、よく研磨した石表面に黒雲母が特に緻密に入り、「指先で押さえたような湿り気または潤いを与えたような」まだら模様に濃淡が出ることで、斑が浮くとは石の表面が二重の絣模様(かすりもよう)のように見えることをいいます。この現象は世界の石材の中でも他に類がないとされており、庵治石特有の現象とされています。この希少性、特質から、石材の単価としては世界一と評価されています。
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